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  • 您的位置:在点网 > 范文 > 演讲发言 > 讲话致辞 > 安培讲话 正文 2016-09-03

    安培讲话

    相关热词搜索:安培 讲话 中国主席怒骂安倍 中日开战最新消息2016

    篇一:2015安倍讲话看侵略者的嘴脸

    在迎来战后70年之际,对于上次大战的历程,战后走过的道路,那个被称为20世纪的时代,我们必须静心地回顾,从其中的历史教训,学习未来的知识和智慧。

    百年以前的世界,以西洋各国为中心,各国的殖民地在不断扩散,以压倒的技术优越性为背景,殖民地支配之波涌向了19世纪的亚洲。因之而产生的危机感,成为日本近代化的原动力,这是毫无疑问的。(日本)在亚洲最先设立了立宪政治,守住了独立。日俄战争发生在殖民地支配的基础上,鼓舞了多数亚洲和非洲人的勇气。

    经过席卷世界的第一次世界大战,日本民族自强的趋势在增强,给那时的殖民地化拉上了车闸。这次战争造成了1千万人死亡,是一场悲惨的战争。人们强烈希望和平,创立了国际联盟,制定了不战条约。形成了战争本身就是违法的新的国际社会潮流。

    当初日本也加入了那场战争。但是由于发生了世界恐慌,欧美各国卷入了殖民地经济,并推进经济的分块化,这让日本经济遭受巨大打击。日本因此加深了孤立感,再加上外交和经济的停滞,让日本试图通过力量行使去寻找出路。国内的政治系统,根本没能予以制止。就这样日本背离了世界大趋势。

    “满洲事变”(九?一八事变)以及退出国际连盟。日本逐渐成为挑战者,一个向在国际社会经过壮绝牺牲,试图建立新国际秩序的挑战者,并走向歧途,走向战争之路。

    于是在70年前,日本战败了。

    在战后70年之际,面对国内外死去的所有生命深深低下头,表示痛惜之念的同时,献上永远的哀悼。

    上次的大战有3百多万同胞失去了生命。胸怀祖国的未来,期待家庭幸福而阵亡的人们。战后忍受着酷寒或者灼热在遥远的异乡之地,忍受着饥饿和病痛死去的人们。广岛和长崎被投下了原子弹,以东京为首各个都市遭受轰炸,在冲绳地上战中,众多市民悲惨牺牲。

    在战火下的各国,无数有望的年轻人也失去了生命。中国、东南亚、太平洋各个岛屿等成为战场,不仅因为战斗,还有食品短缺等,无辜的民众感到痛苦,成为牺牲者。在战场的阴影下,还有被深刻损害了名誉的女性们,这是不应该忘记的。

    对于无辜的人们造成了难以计算的损害和痛苦,这是我国造成的事实。历史真是无法挽回的,也是苛烈的。每个人都有独自的人生,独自的梦想还有挚爱的家族。在细心领会这些当然的事实时,即使现在也无言以对,只能产生断肠之痛。

    在如此庄严的牺牲之上,才有了现在的和平。这是战后日本的原点。不能再次重复战争的惨祸。

    事变、侵略、战争,任何武力威吓和行使都不能再次成为解决国际纷争的手段。永远诀别殖民地支配,必须建成一个尊重所有民族自决权的世界。

    伴随着对上次大战的深刻悔悟之念,我国如此宣誓。建立一个自由民主的国家,尊重法律支配,坚持不战的誓言。我们对于长达70年间走过的和平历程保有平静的自豪,今后也将坚持这个方针不会改变。

    我国对上次大战的行为一直反复表明了痛切反省和发自内心的道歉。为了把这样的心情化为行动,把和印尼、菲律宾为首的东南亚各国、台湾、韩国、中国等邻人所在亚洲各国人们走过的苦难历史铭刻在心,战后一贯努力为和平与繁荣进行努力。

    如此历代内阁的立场,今后也不会动摇。

    但是不管我们如何努力,失去家属的悲痛,因为战祸造成的涂炭而遭受苦难的人们的记忆今后也不会痊愈。

    为此我们必须对如下事实铭刻在心。

    战后,大约6百多万人的战场归还者,从亚太各地归来。成为日本重建的原动力。被遗留在中国的大约3千多名日本遗孤平安长大,再次踏上祖国的土地。美国和英国、荷兰,澳大利亚等地的俘虏们常年来日本,对相互的战死者进行慰灵。

    尝尽战争的痛苦的中国人民、还有曾经被日本军给与无限痛苦的俘虏的各位,能够如此宽容,要经过多少内心的纠葛,进行了多么艰难的努力。

    对于上述事实我们必须有所思虑。

    由于宽容之心,战后日本才得以回归国际社会。战后70年之际,我国要向为和解而尽力的所有国家,所有个人表达发自内心的感谢。

    在日本,战后出生的人们目前超过全体人口的80%左右。不能让和那场战争没有任何关系,我们的子孙后代背负不断谢罪的宿命。但是,即使这样我们日本人也应该超越各代,从正面面对历史,本着谦虚的态度,接受过去,并具有将其传承给未来的责任。

    我们的父辈,以及父辈的父辈那一代在战后烧成灰烬的原野,在最贫困的底层,终于活下来了。而且我们这一代,还有下一代能够开拓未来。这是因为有先人们的不懈努力,还有曾经做为敌人进行激烈战斗的美国、澳大利亚、欧洲各国,以及很多其他国家超越恩仇伸出了善意之手。

    上述事实我们必须传承下去。铭记历史教训,开拓更加美好未来。为亚洲乃至世界的和平而尽力。我们拥有如此巨大的责任。

    我们将继续铭记因为无路可走而试图通过力量而开拓的过去。为此我国对任何纷争都秉承尊重法律支配的原则,不行使武力,通过和平和外交去解决的方针。这个原则今后也会坚守,并努力呼吁世界各国也来遵守。作为唯一的被核爆国家,将努力实现核武器不扩散和实现最终废弃核武器的目标,并在国际社会承当并实现这一责任。

    我们将铭记在20世纪的战争中,曾经深刻损害了多数女性的尊严和名誉。为此我国应该时常和这些女性贴心而行,引领世界为让21世纪成为不伤害女性人权的世纪而努力。

    我们将铭记过去因为经济的分块化孕育了纷争之芽的过去。为此我国将将不受任何国家所左右,发展自由公正、开放的国际经济系统,加强对发展中国家的支援,牵引世界使其更加繁荣。繁荣才是和平的基础。面对贫困这个暴力的温床,为给世界各国人民提供医疗、教育和自立的机会,日本将会更加尽心尽力。

    我们将会继续在心中铭记曾作为国际秩序挑战者的过去。正因为此,我国将继续坚持自由、民主主义、人权这个基本价值不动摇,并将与拥有共同价值观的国家携手,高举“积极和平主义”的大旗,继续为世界和平和繁荣做出更大的贡献。

    面向终战80年、90年,甚至是100年,我们将与广大国民一道共创未来的日本。这是我的决心。

    二零一五年八月十四日

    内阁总理大臣 安倍晋三

    篇二:日本首相安倍晋三战后70周年讲话全文

    日本首相安倍晋三战后70周年讲话全文(中文版)

    8月14日,日本首相安倍晋三发表战后70年讲话。日本政府公布了讲话的日文版和英文版。日本驻中国大使馆在网站上发布了中文版。全文如下:安倍晋三内阁总理大臣讲话(2015年8月14日) 内阁会议决定

    正值战争结束七十周年之际,我们认为,必须平静地回顾走向那场战争的道路、战后的进程、二十世纪那一时代,并从历史的教训中学习面向未来的智慧。

    一百多年前,以西方国家为主的各国的广大殖民地遍及世界各地。十九世纪,以技术的绝对优势为背景,殖民统治亦波及到亚洲。毫无疑问,其带来的危机感变成日本实现近代化的动力。日本首次在亚洲实现立宪政治,守住了国家独立。日俄战争鼓舞了许多处在殖民统治之下的亚洲和非洲的人们。 经过席卷全世界的第一次世界大战,民族自决运动的扩大阻止了此前的殖民地化。那场战争造成了一千多万死难者,是一场悲惨的战争。人们渴望和平,创立国际联盟,创造出不战条约,诞生出使战争本身违法化的新的国际社会潮流。

    当初,日本也统一了步调。但是,在世界经济危机发生后,欧美各国以卷入殖民地经济来推动区域经济集团化,从而日本经济受到重大打击。此间,日本的孤立感加深,试图依靠实力解决外交和经济上的困境。对此,国内政治机制也未能予以阻止。其结果,日本迷失了世界大局。

    满洲事变以及退出国际联盟——日本逐渐变成国际社会经过巨大灾难而建立起来的新的国际秩序的挑战者,该走的方向有错误,而走上了战争的道路。

    其结果,七十年前,日本战败了。

    正当战后七十周年之际,我在国内外所有死遇者面前,深深地鞠躬,并表示痛惜,表达永久的哀悼之意。

    由于那场战争失去了三百多万同胞的生命。有不少人在挂念祖国的未来、祈愿家人的幸福之中捐躯。战争结束后,也有不少人在严寒或炎热的遥远异国他乡苦于饥饿或疾病之中去世。广岛和长崎遭受的原子弹轰炸、东京以及各城市遭受的轰炸、冲绳发生的地面战斗等等,这些导致了许许多多的老百姓悲惨遇难。

    同样,在与日本兵戎相见的国家中,不计其数的年轻人失去了原本有着未来的生命。在中国、东南亚、太平洋岛屿等成为战场的地区,不仅由于战斗,还由于粮食不足等原因,许多无辜的平民受苦和遇难。我们也不能忘记,在战场背后被严重伤害名誉与尊严的女性们的存在。

    我国给无辜的人们带来了不可估量的损害和痛苦。历史真是无法取消的、残酷的。每一个人都有各自的人生、梦想、所爱的家人。我在沉思这样一个明显的事实时,至今我仍然无法言语,不禁断肠。 在如此重大损失之上,才有现在的和平。这就是战后日本的出发点。

    再也不要重演战祸。

    事变、侵略、战争。我们再也不应该用任何武力威胁或武力行使作为解决国际争端的手段。应该永远跟殖民统治告别,要实现尊重所有民族自决权利的世界。

    我国带着对那场战争的深刻悔悟,作出了如此发誓。在此基础上,我国建设自由民主的国家,重视法治,一直坚持不战誓言。我们对七十年以来所走过的和平国家道路默默地感到自豪,并且今后也将继续贯彻这一坚定的方针。

    我国对在那场战争中的行为多次表示深刻的反省和由衷的歉意。为了以实际行动表明这种心情,我们将印尼、菲律宾等东南亚国家以及台湾、韩国、中国等亚洲邻居人民走过的苦难历史铭刻在心,战后一直致力于这些国家的和平与繁荣。

    这些历代内阁的立场今后也将是坚定不移的。

    不过,即使我们付出多么大的努力,失去家人的悲哀和在战祸中饱受涂炭之苦的记忆也决不会消失。 因此,我们要将下述事实铭刻在心。

    超过六百万人的战后回国者从亚洲太平洋的各地总算平安回国,成为重建日本的原动力。在中国被残留的接近三千人的日本儿童得以成长,再次踏上祖国土地。美国、英国、荷兰、澳大利亚等国家的被俘的人们,长期以来访问日本,祭奠双方的战死者。

    饱尝战争痛苦的中国人、以及曾经被俘并遭受日军施加难以忍受痛苦的人做得如此宽容,他们内心的纠葛究竟多么大,付出的努力又是多么大?

    我们必须将此事挂在心上。

    战后,如此宽容的胸怀使得日本重返国际社会。值此战后七十年之际,我国向致力于和解的所有国家、所有人士表示由衷的感谢。

    现在我国国内战后出生的一代已超过了总人口的80%。我们不能让与战争毫无关系的子孙后代担负起继续道歉的宿命。尽管如此,我们日本人要超越世代,正面面对过去的历史。我们有责任以谦虚的态度继承过去,将它交给未来。

    我们的父母一代以及祖父母一代在战后废墟和贫困深渊中维系了生命。他们带来的未来是可以让我们一代继承,且交给我们下一代。这不仅是前辈们不懈努力的结果,也是曾经作为敌国激烈交火的美国、澳大利亚、欧洲各国以及许多国家超越恩仇提供善意和支援的结果。

    我们必须将此事告诉未来的一代。将历史的教训深深地铭刻在心,开拓更加美好的未来,为亚洲及世界的和平与繁荣而尽力。我们担负着这一重大责任。

    我们继续将谋求以实力打开僵局的过去铭刻在心。正因为如此,我国继续奉行的是,任何争端都应该尊重法治,不是行使实力而是以和平与外交方式加以解决的原则。这是我国今后也将坚持并向世界各国推广的原则。我国作为经历过原子弹轰炸的唯一国家,追求实现核不扩散和彻底销毁核武器,在国际社会上履行自己的责任。

    我们继续将在二十世纪的战争期间众多女性的尊严与名誉遭受严重伤害的过去铭刻在心。正因为如此,我国希望成为一个国家要时刻体贴女性的心。我国将在世界领先努力将二十一世纪成为不让女性人权遭受侵害的世纪。

    我们继续将区域经济集团化促发纠纷萌芽的过去铭刻在心。正因为如此,我国努力发展不受任何国家恣意影响的自由、公正、开放的国际经济体制,加强对发展中国家的支援,牵引走向更加繁荣的世界。繁荣才是和平的基础。应对暴力温床的贫困,为全世界所有人享受医疗和教育以及自立的机会而做出更大的努力。

    我们继续将我国曾经当过国际秩序挑战者的过去铭刻在心。正因为如此,我国坚定不移地坚持自由、民主主义、人权这些基本价值,与共享该价值的国家携手并进,高举“积极和平主义”的旗帜,为世界的和平与繁荣做出较之以前更大的贡献。

    我们有决心,面向战后八十年、九十年以及一百年,与我国国民各位共同努力建设如上所述的日本。

    篇三:安倍晋三战后70周年谈话(日语版)

    戦後70年の安倍首相談話の全文は以下のとおり

    終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

    百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

    世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

    当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、そ

    の歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

    満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

    そして七十年前。日本は、敗戦しました。

    戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛

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    惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

    先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

    戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

    何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの

    人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

    これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

    二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

    事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

    先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

    我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

    こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

    ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

    ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

    戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

    戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

    そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

    寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

    日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。

    しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

    私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

    私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的?外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

    私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

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